こんにちは。永田です!
競技をしていると色んな人が色んなアドバイスをくれたりする。
これは選手にとって有り難いことでもあるし、期待もされ始めている状態だと思います。
しかし時に違うことを指摘されたり、真逆のことを言われたりして混乱してしまうことがあり結局何を信じて練習すれば良いのか分からなくなってしまう時がある。
僕もそれに陥ったことがあったしそれにより色々と悩み苦しんだ時がある。
今コーチの立場として当時の永田を救うことができるのであればこんなアドバイスをしていと思っている。
「みんな自分が言っていることは正しいと思ってるし、全ての人が永田のためを思って本気で言っている。貶めてやろうなんて人は一人もいない。でも、数ある選択肢から選ぶのは永田自身で考えて納得したものを選んでいけ。それをサポートする。」
と言うだろう。
ただ選手は色んな人に色んなことを言われると、色んな人に感謝をしなくてはならない。
その恩を返すのはその人から言われたことを実行し結果を出さないといけないと思っている。
だからあっちにフラフラこっちにフラフラして目的を達成できなくなってしまうのではないだろうか。
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目次
コメンテーター
コメンテーターと聞いてどんな印象を持つかは人によるだろう。
ただ僕はあえて言わせてもらうと軽い気持ちで選手に発言する人は、アドバイザーやコーチとも違う存在だと思っている。
言うなればコメンテーター。
アドバイスでもコーチでもない一つの感想。
もちろん選手からしたらアドバイスをもらえた感じだから嬉しかったり一つ答えが見つかったのでは? と気持ちが救われたりもする。
事実当時の永田もそうだった。
しかし、それも違うと思うと他の誰かに同じ悩みを打ち明けまた答えをもらった気になり気持ちが救われる。
ただそれも違うとなると心はどんどん消耗していき先の見えない暗闇になってしまう。
何が正解なんだ!!
そして周りも哀れみを感じ何も言ってくれなくなる。
被害妄想かもしれないが今振り返ればそんな気持ちになっていた。
そして客観的に見て今にも地獄の釜の底に落ちそうな選手もいる。
ただ今回言いたいのはコメンテーターのような人たちも選手のことを思って発言しているから悪ではない。と言うこと。
だから一番強くならなくちゃいけないのは結局選手である自分。
練習内容を批判してくる人もいる、もっとこうしたら良いと思うよと言う人もいる。
あーじゃないよ。こーじゃないよ。そーじゃないよ。
人はなんか知らないけど教えたがる生き物だ。
結婚した方が、子どもは産んだ方が、家は買った方が…よく聞く話だ。
それを全て「分かりました!」
なんて言ってたらいつまで自分の意思決定の先に辿り着かない。
大事なことは
あーじゃない理由をきく。
こーじゃない理由をきく。
そーじゃない理由をきく。
とにかく聞け。
質問しまくるくらい聞け。疑問が晴れるまで聞いた方が良い。これは自分を守るために。
そして自分の意志で選択する事。
お試しでやってみたっていい。
結婚や家の購入はお試しできないけどアスリートのそれはお試しできる。
それでいて、聞いてる最中にごちゃごちゃ言わずにやってみろよ! なんて言う人は肩に手を置いてお疲れっと言ってやれば良い。
納得したらあーしてもこーしてもそーしても良いと思う。
正解は自分の感覚の中にしかない。
みんな選手のためを思っている
時に指導者同士が指導方針で議論をしているときがある。
こっちの方が良い。 いいやこっちの方が良い。
議論に議論を重ねヒートアップしちゃうと喧嘩になり選手が板挟みを喰らう時がある。
先日もそんな悩みを打ち明けてくれた人がいた。
他のコーチと考えが逆で困っています。
最終的にマウントの取り合いが始まってしまって…。
そのために勉強して正しいことを証明したい。と。
気持ちはめちゃくちゃ分かる。
ただ相手の指導者も自分が正しいと思っているから難しい。
出典:藤子・F・不二雄「ドラえもん」より
ドラえもんは本当に気付かせてくれる一言を言う。
そして板挟まれてる選手が一番かわいそうだ。
ただ引っかかったのは「正しいことを証明したいから勉強」は僕からするとナンセンス。
典型的な目的の失念。
どちらの指導者も選手に強くなってもらいたいが真ん中にあったはず。
つまり想いは同じ。
しかしマウントの取り合いが始まった瞬間、論破してやろう。優位に立ってやろうとなる。
議論に勝つために勉強をするのではない。
選手の結果をサポートするために勉強をするのだ。
そのために力を合わせて選手の目的に向かうべきだ。
ただこのような状況はどこの組織にも蔓延っているだろうし、更に厳しいことを言うなれば選手がしっかりしろ! と言いたい。
確かに選手は一番の被害者かもしれない。
ただ選手がフラフラどっちの意見とも言えないことをやっているから全員が目的を見失う。
どちらもやってみてどっちが良いのか決めるのは選手。
良い感覚は選手にしか分からない。
その上で一言断れば良い。
僕にはこっちが合っていると思うので、このやり方で行きます。今後もアドバイスお願いします。と。
それでもし今後アドバイスをくれなくなったのであれば、選手に意見を言いたかっただけのコメンテーターだ。
そしてあいつは言うことを聞かなかったとか、もう伸びないとか言い出す。
最後に
コーチである以上僕はコメンテーターにはなりたくないと思っている。
ただ方針を決めることができない選手がたくさんいるなと思うのも事実。
だからコーチとして自分で方針を決められる選手になるようにサポートするように心がけている。
それは当時の永田もそうだった。
今思うと永田が中途半端な結果だったのは中途半端な「やってる風」の方針だったからだ。
そして当時の永田はちゃんとやっていたと思い込んでいるから厄介だ。
僕は自分の選手にルフィのようになれと言っている。
ルフィは他の船、ローやキッドの船の航海士の意見を聞きには行かない。
からなずナミに聞いている。
そして目的を果たす。
しかし現実の世界は色んな航海士が好きに良かれと思って色んなことを言ってくる。
もちろんヒントになることもあるし、ただの意見の時もある。
ただその人たちは同じ船には乗ってない。
沈もうが大破しようが知ったこっちゃない。
ただ僕は同じ船に乗るつもりでサポートしている。
選手が沈めば僕も沈む想いだ。
沈んだら浮上を考える。
大破したら修復を考える。
コメンテーターは「あ〜沈んじゃった。あの時あーすれば沈まなかってのではないでしょうか?」でしかない。
出典:尾田栄一郎「ワンピース」より
だから選手は自分を見失わないように方針を自分で決めなくてはならない。
どーしたら良いですかねぇ? とか聞いてくるもんなら
お前はどーしたいんだ? でしかない。
とは言わないけどさ笑
コーチングっぽいコメンテーターは僕も気をつけなくてはならない。
それに、このブログだって一種のコメンテーターだしね笑
ではまた次回っ
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