気がついたら永田は地面に倒れ込み鼻腔には太陽に照らされたタータン特有のゴム繊維の匂いを感じながら必死に肺に酸素を送り込んでいた。
下半身は付いているのか、むしろ付いている方がしんどいのではないかという不快感が下半身の筋肉を覆っている。そして上半身は7kgのウェイトジャケットが覆っており、地面にのめり込めそうだ。お世辞にもお洒落なジャケットではない。
早く、早く開放してくれ。そんな願いは聞き入られず5分のタイマーは動き出す。
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永田は火曜日になると必ず連絡する人がいる。
「明日の練習に参加しても良いですか」
高校の時からお世話になっている母校「大和南高校」のコーチだ。
「もちろん。明日は何にする」
「お任せします。」
いつものやりとりだ。お任せにするのは自分の課題を考えていないわけではない。完全に信頼しているからだ。
自分で考えるメニューではどうしても行き届かないことを知っている。自分のメニューより信頼できる人のメニューの方が確実に自分のためになる。
今の永田を見て必要なことを必要な分だけ与えてくれ次の1週間の課題をくれる。そう、いつだって答えは自分の身体が教えてくれるのだ。
だからこそのお任せ。そしてたとえどんなにキツいメニューが来ようと任せた以上逃げないためでもある。
だから火曜日の夜から覚悟と緊張感を備えることができる。
そんな3月16日の水曜日は快晴で南風。
MBを使った色んな動作でW-UPを済ませると何やら防弾チョッキのようなものを着るように指示された。
「7kgあるから! これで200mをリカバリー5分で6本っ! どう?」チラッと見える白い歯が憎たらしく感じる。
「…。」(どう? ではない。)
任せた以上昨日から覚悟はあった。しかし、しかしだ。ウェイトジャケットは予想の斜め上をきていて即答ができない。白い歯は未だチラリと見えている。
「…やりましょう」半ば強制の交渉成立。
ウェイトジャケットが嫌いなわけではない。本当に優れたトレーニング用具だ。
体幹部に均一に負荷がかかり、走っている時も正しい立位を作らないと地面を踏むことが困難になる。また踏めなくなってくることが如実に理解できるため踏めなくても踏まなくてはならない。…逃げ場を奪うことに特化したトレーニング用具だ。
つまり「ちゃんと」走らないと地獄だし「ちゃんと」走っても地獄なのだ。
春の新作に袖を通すごとく永田は見事にウェイトジャケットを着こなした。着たら更に理解を深めることができる。あぁこれは本当に良いトレーニング用具だ。
実際にトレーニングが始まり200mの32秒は実際そんなに速くはない。50mを8秒以内で4回走れば良いだけだから。しかしだからこそキツい。
そのキツさは4本目あたりから毒が回るがごとく永田に襲いかかる。
踏めないっ。くそっ。膝に負荷を感じる。重心が落ちている。踏めっ。踏まなきゃ意味ない。
3本目までの疲労で腰が下がり始めケツではなく四頭筋が踏ん張り始めたのだ。「違うっお前じゃない。お前はその働き方ではない。」踏ん張る事で正しい形に立て直す。しかし、立て直せるからこそキツいことがある。
いっそそのまま四頭筋に働かせておけば良いのだ。そっちの方が楽だろう。しかし、このウェイトジャケットの意味は何だ? それで良いのか? この葛藤が脳裏にこびり付き離れない。
5本目を終わったところで永田は地面に伏していた。鼻腔には太陽に照らされたタータン特有のゴム繊維の匂いを感じながら必死に肺に酸素を送り込んでいた。
下半身は付いているのか、むしろ付いている方がしんどいのではないかという不快感が下半身の筋肉を覆っている。そして上半身は知っての通り7kgのウェイトジャケットが覆っており、地面にのめり込めそうだ。お世辞にもお洒落なジャケットではない。
早く、早く開放してくれ。そんな願いは聞き入られず5分のタイマーは動き出す。永田はゾンビのように立ち上がり目の焦点を合わせる。鼻水と涎は流れていないが中毒の一歩手前だ。
「さぁ! 最後の一本。ここまでクリアしてるんだ! やりきれっ」確かそんな言葉をかけてくれた気がする。
完全に永田のIQは5を下回っていた。
無常にも永田の左手首の優秀なマネージャー(G -Shockの時計)は寸分の狂いもなく、そして永田の状況に寄り添う事なく時間を知らせてくれる。
走り出した永田の脳みそで考えられることは踏むことだけ、それ以外はIQ5のため考えることができない。
(踏め! 踏め! いやもう跳ねるくらいじゃないと力が間に合ってねぇ。跳ねろ! 跳ねろ!)
本当に跳ねるくらいの気持ちじゃないと踏めない。ゴールするなり永田は地面に突っ伏した。脚は? 腕は? 肺は? ちゃんと全部ついているのだろうか?
気になるタイムは31秒台。無事に6本クリア。果たして無事とは何を指すのだろうか。産まれてきたことを後悔するくらいキツかった。
「よく頑張った。フォームもバッチリ。」
「ありがとうございます」なぜ僕たちは殺されかけた人にお礼を言うのだろうか。永遠の謎である。
そして今回の練習を経て気付いたことや課題を胸に刻み来週の水曜日にはより良くなった状態で見てもらうことに集中する。それが何かを向上させる者の使命であると考えている。
そのための7日間だ。また火曜日に覚悟を持って連絡をしなくてはならない。
ではまた次回っ
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