#104 「期待」しすぎてはいけないし「期待」させなきゃいけない

こんにちは。永田です!

 

僕は日々物事に期待しないように過ごしている。

なんて言うとドライな人間に思われたり冷たい人だと思われたりすることもあるんだけど、自分が一喜一憂しないようにするために、自分を守るために期待しないようにしている。

 

こう考えるようになったのも、過去に人をあてにし自分の思い通りにならなかった時に感情が揺れ動くことがたくさんあり、それが自分にとって良くないことだし前に進むことができないと感じたから期待することを控えるようになった。

 

なんにせよ人を当てにしては成長することはない。

 

そして今回のオリンピックでも沢山の「期待」があり、人々の心を動かしていた。

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期待される人であれ

期待しないと書いたけれども、全く期待していないわけではない。

今回のオリンピックも期待を寄せてしまうことは沢山あったし実際に感動もした。

 

そして選手にとって大事なことは自身が期待される存在になることだ。

これは同時にプレッシャーになることもあるのだが、勝負事をする以上避けては通れないと思っている。

 

ではどういった人が期待させるのだろうか。

僕の一意見だが守りに入らない人に僕は期待してしまう。

例えば今回のオリンピックは日本の女子の中長距離の活躍が目覚ましかったが1500mで入賞を果たした田中選手や、5000mで入賞を果たした廣中選手には予選ラウンドなどを見て期待してしまった。

 出典:尾田栄一郎「ワンピース」より

 

もちろん本人たちは自分の走りに徹しているだけなのだが、守らずに走る姿がとにかくカッコ良かった。

そして気が狂いそうなほどの練習を経ての結果だとも思う。

計り知れない努力をしていると思う。

 

日本に限らず全ての国のアスリートがあの場に立つために努力をしている。

「期待」と言う一言で優劣が付くわけでもないが期待される人間とは自身の目標のために、あるいは人の目標のためにチャレンジできる人に集まるのではないだろうか。

 

簡単に表現すると目標達成意欲と目標達成実行力

 

そこに調整や準備の僅かな差で記録に優劣がついてしまうのが競争社会の厳しいところなのが儚くもあり魅力的なのではないだろうか。

 

ただ強くなればなるほど期待の量も増えその度に人々の感情の動きが増えてくるのも事実。

 

今回の男子の4×100mリレーはまさに国民の期待を背負っていたと思う。

結果に落胆してしまった人が多くいたのではないだろうか。

確かに悔しい結果になったが僕は彼らのチャレンジに敬意を抱いているし尊重している。

 

それは彼らが日本の100mという競技の価値と期待を引き上げた他ならない。

そこには大きな価値があり陸上界を大いに盛り上げている。


期待と応援は別物

期待が思い通りに行かなかった時に心を立て直すのが大変だ。

 

そして心を立て直すための手段が悪いことに繋がると思っている。

人を責めたり、誹謗中傷に走ったり。

期待したのに思い通りにならなかった時の言動や行動は決して良いものではないと思っている。

 

お菓子を買ってもらえなかった子どもは泣き叫び暴言を吐いたりする。

それはお菓子を買ってもらえると期待していたからだ。

 

恋人のラインの返信が遅くて愚痴を漏らす友人がいる。

それはすぐに返してくれるだろうと期待をしているからだ。

 

このような行動を避けるために期待をしなくなった。

だからといって物事に期待しないなんてそんな寂しい人間でもない…と思いたい。

先のは日常の切り抜きだが、競技スポーツになると勝敗がどうしても付いてしまう。

 

そして大事なのは期待はしても、どんな結果であれ選手を「応援」していれば悔しいけれど受け入れられるのではないだろうかと思っている。

 

良くない結果の時に人を責めたり誹謗中傷してしまうのは本当の意味で選手を応援をしていない。

 

期待と応援は似ているようで全く別物。

今や色んな人の声がSNSで見れてしまったり選手に届いてしまったりする。

 

そして人は褒め言葉よりも悪い言葉の方が強烈に残ってしまう。

 

僕も試合中に「今日走れてて良い感じだね」と言われた直後、別の人に「助走が浮いてるね」なんて言われたらその言葉に引っ張られてダメだ。

だからと言って試合で会った時におとしめようとしないでください笑

 

こんな一言で永田は崩れますので笑

 

オリンピックに出ているアスリートも人の感情を持ち合わせている以上、悪いことには引っ張られてしまう。

本当に応援しているのであれば期待よりも応援をするべきである。

 

だが、先に書いたようにアスリートは期待に応えなくてはならない。

「期待しないで応援してください」なんてアスリート自らが言ったもんならドンマイでしかない。

 

アスリートにはアスリートの立ち振る舞いがあり、ファンにはファンの立ち振る舞いがある。


最後に

オリンピックを見て多くの人の感情が動いただろう。

感情が動くということは良い方に動くこともあれば、悪い方に動くこともあるということだ。

 

そして期待と応援は別物であり、悪い方に動かないようにするためには過度な期待は控えたほうが良いと僕は思っている。

 

しかし逆にアスリートは期待される存在を勉めるべきである。

だからと言って「期待してください!」なんて口頭で言っても意味はなくて、期待はファンが勝手にするのもだからお願いするものではない。

 

期待するなとか期待させろとか訳のわからないことを書いているかもしれないが、人間である以上期待してしまう。

人間関係はそれのせめぎ合いなのではないだろうか。

そして期待に応えられるのがヒーローで憧れの存在でもある。

 

オリンピックに限らず全てのスポーツマンシップははファンも含めてスポーツシップだ。

となると個人の人としての立ち振る舞いが大事だと思う。

 

渋沢栄一の人としての常識とはの話

 

ではまた次回っ
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