#66 次踏み切らなかったらジュースな! 踏み切ることは果たして博奕的なことなのか。

こんにちは。永田です!

 

先日踏み切れない病には恐怖心の排除が大事であると書きました。

その中で恐怖に直面した時に奮い立たせることができる選手が成長していくのは事実です。

 

Twitterの返信で一つの棒高跳あるあるが目に入った。

駆け抜けまくって行き着いた先に次、踏み切らなかったらジュースね! とか坊主ね! っていう選手がいる。

 

これが悪いとか良いとかではないが、これも危険な思想であることは間違いない。

 

まぁ…僕もその1人だったのだが。

 

ただその嫌なことを差し出して奮い立たせ踏み切る行為にも限界がくる。

それこそが地獄の釜の底。

その様な付け焼き刃はボロボロと崩れ落ち崩壊する。

やはりそうならない事が何よりも優先するべきである。
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目次

踏み切ることを博奕にしてはいけない

僕も踏み切れないときにはよくジュースを賭けていた。
それで踏み切れるなら安いもんだ。
事実それで踏み切れる。

 

ただ今ならばそんなことをする必要はないだろうと考えられる。

もちろん気持ちは分かる。

突破口を作りたい。

 

しかしジュースも効かなくなるタイミングが来る。
そうすると次に賭けるものは飯になる。

 

嫌なことを掛け合いに出せば出すだけ踏み切れる。

前回記事同様、恐怖心を抱いているだけ選手は不安に駆られている。

つまり不安がどんどん広がっていく

 

それに打ち勝つためにこっちも肚を括るために大きなものを差し出さなくてはならなくなる。

ジュース
アイス

髪の毛

 

僕は最終的に「次踏み切らなかったら練習を辞める」というところまでいった。

 

まさに泥沼

なにが何やら分からない。

 

踏み切るという事実を得るために「こっちも差し出さないといけない」という心理が働いている。

 

そんなことはない。差し出さずして踏み切るのが健全。

 

そしていつしか不安に勝てなくなった時、負け越した時、周りもあまりに可哀想と思い、賭けていたものも払わずに済ます

 

毎度毎度の出来事に周りもそこに踏み込めなくなる。

 

つまり差し出したものを無にしてしまう選手が出てくると地獄の釜の底。

その時限りの覚悟を示し、いざ失敗に直面すると差し出さない。

 

本当になにが何やら分からない。

 

踏み切らなかったら坊主! と言って実際にやった選手はどれだけいたのだろうか。

 

つまりジュースを賭けた時点で踏み切れない病は発症している。

その小さな痛手は小さな不安と天秤に掛けているからだ。

 

不安側の天秤が傾けばこっちも帳尻合うものを乗せなくてはならない。
それがアイスだったり飯だったり髪の毛だったり。

 

それでいて踏み切ったら周りもウェーイ! と盛り上がるのだ…本当にそれで良いのか?

ただ踏み切っただけだぞ。当たり前の行為

厳しい意見かもしれない。
けど気持ちも痛いほど分かるし僕も経験している。

 出典:岸本斉史「NARUTO」より

本当に分かるってばよ。

 

でも…でもそうじゃない。
それじゃダメなんだ。
その雰囲気を作ってしまってる時点で負けなんだ。


生産性を上げることを考える

現役だったとき高校生とかに使ってるポールを聞かれたりしたが今思うと強い選手がどんなポールを使っているのかに気を取られてはいけない。

 

もちろん聞き出してそのポールを使えば僕の記録の5m40まで行けるんだと思うのは自由。

 

だが、前回記事の通りポールの選択は手段だ。
僕は5m40を生涯で3回跳んだが、3回とも違うポールだ。

となるとポールに固執する必要がないことは明白。

 

5m30なら何回跳んだが分からないけど40よりも多くのポールで跳んだであろう。

同じピッチャーの160km出したストレートも違うボールである以上ボールに目を向けるべきではない。

 

選手一人ひとりは個性がある。

身体的特徴
技術的特徴
精神的特徴

 

これらを加味して自分に合うポールを選択するべきである。
もし合うポールがないのであれば、顧問の先生や企業にお願いをするべきだ。

 

その今ある道具では仕事ができません! って言うべきだ。

 

マッチョな木こりとヒョロイ木こりなら使う斧だって違うはずだ。

マッチョな木こりが軽い斧を使っても仕事が捗らずポテンシャルを発揮できないだろう。

 

逆も然り。
マッチョの使う斧をヒョロイ木こりが使おうとしても振り回されて仕事にならない。

どちらにせよ木材を集めるという目的に時間がかかる。

 

つまり使いこなせるポールを使うのが一番仕事ができる。

使いきれないポールや柔らかすぎるポールでは仕事をしているようで実は出来ていない。

 

それは使えないポールに立ち向かって頑張ってる”風”

出来るポールでこなしてる”風”だ。

 

企業の仕事と同じでただ闇雲に頑張っても、どちらも爆発的な成果は出さないであろう。

となるとある程度チャレンジ精神を持ち緊張感のあるポールで練習をすることが一番の王道だと考える。


最後に

踏み切れない病は選手はもちろん、指導者にも理解をしてもらいたい。

ただ、経験していることしか人間には分からない以上踏み切れない病に関しては、他の陸上種目の選手には理解されない。

 

なんで踏み切れないの?

なんで跳ばないの?

 

マジで耳が痛い。

 

経験したことない人に完璧に伝えることなんてできない。

いくら芸能人がテレビで旨そうに食レポしてたって視聴者は味を知る術はない。

 

それは食うしかない。

 

つまり陥ってみないと理解できない。

いくら外から想像で言おうともその想像は絶対に現実に追いつかない

 

これは過去に選手が陥った時に携わってる企業のサポートしてくれている方に説明するのに本当に骨が折れた。

どう伝える? メンタルで片付く問題じゃないし会社側の協力も必要だと思い向き合った。

 

想像できなくても意図を汲み取ってくれた企業には感謝してもしきれない。

 

それを考えると踏み切れない病も「病」となってる以上、予防をすることが必要不可欠。

 

前回記事 踏み切れない病は絶対に予防しようって話

 

前回記事と同じような内容になってしまったかもしれないけど、こんなにも踏み切れない病を考えて気持ちが湧き上がってしまったので熱が冷めぬうちに書きました。

 

さて、次踏み切らなかったらジュース奢るわ。

 

ではまた次回っ
更新情報はTwitterです。

 

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