#57 「もう何を信じればいいんですか?」上手くいかないのは自分の「お守り」がないから

こんにちは。永田です!

 

僕が常々選手に言っている言葉があります。

「基本的に答えは外にはなくて自分の中にある」

 

僕が競技者としてずっと違和感を感じてきたことがありました。

 

それは、色んな人に話を聞いてもどれもしっくりこない

そうじゃないんだよなぁ感。

 

上手くいかない時期はどんな競技者にもあります。

その時期が長くなればなるほど自分を見失います。

 

そうすると上手くいっている人に助けを求めてしまいますが、ここに沼があります。

 

その人の答えはその人にしか解決ができない。
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他の人は答えを知らない

僕はコーチがいませんでした。
試合も一人。

それが当たり前だったから知らなかったけど、客席にコーチがいるってだけで精神的支柱になることを知った。

そして今回のテーマの自分の中にしか答えはない。とはどういうことか。

 

僕は幸い強化指定の選手に選ばれていたため合宿を組んで頂いていた。

強化指定のコーチももちろん存在しているが、普段から僕のことを見ているわけでもない。

 

感覚が崩れるとどんな選手だろうと思うように跳べなくなってしまう。
こうなった時にコーチは現象として現れている課題をレクチャーしてくれる。

贅沢だしありがたいことなんだけど、僕は全てどれもしっくりこなかった。

 

入りをしっかり
ポールの下ろしを早く
突っ込みの準備ができていない
ポールが立ってない

 

コーチによって様々な課題をレクチャーしてくれる。

でもどれも違う。

 

コーチからしたら言うことを聞かない選手に見えただろう。

 

でも今思うことは、僕だって曲がりなりにも5m40まで跳んでいる選手なので、やり方はほとんど分かってるつもりだ。

 

僕の気持ちは助走ができれば全部解決する! と思っていた。
助走ができればしっかり入れるし、ポールも捌けるし、突っ込みの準備ができて永田らしい跳躍ができると思っていた。

 

入るための助走ができない! が僕の気持ち。

 

突っ込みや捌きが悪くて入れないんじゃない。

助走がしっくりきてないから入れないんだ。

 

それがボトルネックになっていることも分かっていたし、事実そうだった。

 

けど誰もそれを解決してくれなかった。

それとなく走れているし、助走も速い方だったから現象として悪く見えないんだと思う。

ただ僕は走りすぎてしまう。

足を回せてしまうから必要以上にスピードを出してしまう。

 

スピードは早い方が良いに決まってるけどリズムが悪ければしっくりくるはずがない。

 

音楽だってどんなにBPMが速くてもリズムがあるからしっくりくる。

闇雲にリズム速く演奏したって耳障りなだけ。

 

これはコーチが悪いわけではありません。

コミュニケーションが円滑でなかったのと僕の気持ちを上手く話せなかった。

 

何が言いたかったかというと、身体を動かしやすい動作は自分が一番分かっている。ということ。

 

例えばボーリングとかでも同じだけど、僕はボーリングが苦手だ。
ボールが勝手に曲がる。

 

 出典:寺島裕二「ダイヤのA」より

 

みんな優しいからアドバイスをくれたりもする。

 

どこを見たほうが良いとか、床の矢印を見たほうが良いとか、ボールは真っ直ぐにとか。

でもどれを意識したって考えすぎて上手くいかない。

むしろ悪くなる。

 

結局僕は曲がるボールを受け入れ一個隣の矢印を目掛けたらそれなりに形になった。

てことは自分で答えを見つけなくてはならない。

下手は下手のままだが笑

 

つまり、5m40まで到達している時点でやり方は知っている。

となると小手先の技術はもはや何にもならなくて、自分で「どうやったらやりやすくなるのか」を考え、伝えなくてはならない

 

もちろん技術的な指導は必要だけど、僕に必要なのはそこではなかったってだけです。


人の成功に集ってはいけない

今の話のように「人の成功は人の成功でしかない」ため自分で答えを見つけなくてはなりません。

 

それがはっきり言って難しいから人は人の成功に集ろうとしてしまう。
そして答えをどんどん外に求めて、これも違う、あれも違う。

何を信じたら良いんですか? となる。

 

僕は結局助走のコツを見つけることができたので、今どんなに期間が開こうと身体を思うようにコントロールができるようになりました。

 

そしてそのコツをここに書いたところで僕のコツ(成功)でしかないため全ての人には当てはまりません。

今では空中で悪い現象が起こるのは全て助走のせい。とも理解しています。

何をすべきかも分かっています。

 

大学生や社会人のアスリートは、もはや自分の中に答えを持っています。
僕は基本的に技術的な指導は行っていません。

 

だってもう上手いんだもん。

やりやすいようにしてあげれば勝手に跳びます。

 

技術的な指導が必要なのは初心者です。

 

ですのである程度の記録が伴っている選手には、どうすれば選手のやりたい事が出来るのかを考えさせています。

型にははめません。

その中で必要だと思った技術的なアドバイスはしますが、あくまでヒントです。

 

答えを出すのは選手です。
そのヒントが違ったらそれで良いんです。
違うことが分かった! というのも進歩です。


最後に

答えは自分で見つけなさいという厳しい記事になってしまいました。

でも上手くいっていない選手ほど外に答えを求めます

 

どんな練習をしていますか?

どんな意識で跳んでいますか?

どんなトレーニングをやっていますか?

 

その練習も、その意識も、そのトレーニングも全てあなたを救ってくれるものではない。

それは人のお守りだ。

 

自分のお守りは自分で見つけなくては救ってくれない。

何のためにそれをするのか。

何のための意識なのか。

何のためのトレーニングなのか。

 

だから選手にはトレーニングの意味や動機を話させるようにしています。

僕のお守りを押し付けたって選手を救ってくれやしない。

 

僕は選手のお守り探しを一緒に行うことをかなり意識しています。

 

人のお守りでは救われるどころか足元掬われるよって話

 

ちなみに僕は助走の最初でポールの先端を見て走っている。

それをしてから上手くいくようになった。

 

こーゆーのに騙されるなよっ!

これは僕のお守りだ。

 

ではまた次回っ!

更新情報はTwitterです。

 

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