#80 瞑想を初めて体験しました〜雑念と煩悩って湧き水のようだった②〜

こんにちは。永田です!

 

前回記事で瞑想を初めてやってみた話①を書きました。

 

今回はその続きで来間選手がどのように瞑想と向き合ってたのかを聞いたので書きたいと思います。

日本選手権で優勝した選手となると永田よりも自分と向き合うことができていたのではないでしょうか。

 

てことでここからの思考や雑念は来間選手の言葉に基づいて書いていこうと思います。

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目次

来間選手は無情になれたのか

来間選手は瞑想の最中に脳波を測れる特殊なヘッドバンドをしていた。

それに基づいた脳波状況によるとやや無情寄りで先生も良い脳波の波長とフィードバックをしてくれた。

 

さすがチャンピオン。

なんか悔しい。

 

アクティブな脳波だと覚醒状態で意識が散漫になっているらしいんだけど、来間選手の波長は確かにニュートラルよりも下で推移した波長を描いていた。

つまり結論から言うと雑念や煩悩を振り払うことができていたのではないだろうか。

 

なんか悔しい。

 

では実際に来間選手はどんなことを感じて、どんな雑念や煩悩が湧いてきていたのだろうか。

 

やはり最初は鼻と下唇に3角形に集中することが難しかったらしく。

(永田さんは考えまくるから瞑想とか向いてなさそうだよなー笑)とか思っていたらしい。

 

なんか見透かされてて悔しい。

 

(永田さんこれもブログに書くんだろうなー。あっ誰か動いた!)

(なんか頭の中に変な歌流れてきたーー! 集中できない。)

 

など聞けば全然集中できてないじゃないか。

似たようなもんだ。

 

でも僕も感じていたが外からの音や、人の気配が現実的な事実として集中力を割いてくる。

 

しかし、来間選手が3角形に集中できている時は

(鼻からの空気を感じれてる、集中できてる。確かに音はなっているけど全く気にならない。これなら大丈夫。)

と自身に集中できている時間も確保できていたみたいだ。

 

しかし、それも1時間という耐久性はあるか。というとそう簡単なものではない。

時間が経てば今度は姿勢との勝負だ。

(お尻が痙攣してる。あと何分残ってるんだ!?)

(姿勢は崩しちゃいけないんだっけ? あーもうやめたい!)

(いやでもそんなこと考えても仕方ない。人間を辞めなくちゃ。あぁ尻が…いやいや人間辞めなきゃ、もはや尻なんて存在してない。)

 

と精神の耐久力との戦い。この残り時間の不明確さが心を乱してくる。

 

そこで告げられる終了の合図。

「目を開けてください。」

 

1時間の瞑想が終わった。

長い長い1時間だった。

今回の瞑想から学ぶべきことはたくさんあった。


瞑想が競技に通ずるもの。

今回瞑想を終えて思考力や人間の欲やエゴを改めて確認できた。

しかし1番思ったことは「体験してみないと分からない」だ。

 

みんなは瞑想と聞いてどんなイメージをしただろうか。

なんか永田と来間が変なことに走ってると思うのかは分からない。

 

僕はやったことなかったし得体の知れないものであるのは間違いなかった。

しかし、宗教的で怖いとか怪しいとかは微塵もなかった。

 

何事もやる前から決めつけるのは良くないことだし基本的に体験しないと何事も知り得ない。

 

そして瞑想は僕が選手に伝えている考え方とほとんど類似していたし、終わってみれば競技そのものだった。

瞑想において集中するべき箇所は鼻と下唇の3角形。

 

誰かが動いた音や、考え事をしてしまうのは人間である以上仕方がない。

ではその音や湧いてくる雑念をどのようにして制するか。

 

競技中に誰かに試技を先行された焦燥感や、風が気になってしまっているのは人間である以上仕方ない。

ではその焦燥感や風のストレスをどのようにして制するか。

 

制し方は前回の記事にも書いたが答えは無かった。

自分で見出すほかない。

これは僕が指導する上でよく言っている言葉と同じだ。

 

先生が一つのエピソードを紹介してくれた。

7日間1日10時間瞑想を行う修行があるらしい。

もはや拷問の間違いじゃないのか? と耳を疑った。

 

その瞑想中に寝てしまいイビキをかいてしまった人がいた。

それに集中ができず怒ってしまい、暴力を振るってしまった人。

そりゃ拷問に近い修行なら精神が不安定にもなり暴力に走る人もいるだろう。

 

まぁ暴力はアレにしろ気持ちはむっちゃ分かる。

場合によっては秒針の音にすら気が散る時がある。

 

しかしそこで僧侶が暴力者に口にした言葉が

「イビキをかいては、いけないのですか?」

 

…うわーと永田は思った。

まさになんだよな。

もちろん怒ってしまった人の気持ちは分かるんだけど。

 

これ競技で言ったら風に腹を立てている人と同じ思考。

「風が悪かったら跳べないんですか?」

…強烈すぎる。

 

正論パンチすぎて軽く脳震盪。

 

つまり集中できないのはイビキをかいている人のせいにしてますよね?

言い換えるなら跳べないのは風のせいにしてますよね?

 

つまり僕からすると残念な思考だ。

 

僕が思うに瞑想とは、雑念や負の感情を起こさないことが目的ではない。

湧いてくる負の感情や雑念を受け入れ、どのようにして解消するか。なのではないだろうか。

 

普段から永田や来間選手が言い合っている言葉。

「人間をやめろ」

 

人間である以上、色々湧いてくるのは仕方ない。

風が追ってほしい。

このポールで大丈夫だろうか。

流れたらどうしよう。

いやむしろ立たなかったら?

失敗したら嫌だなぁ。

うわ。先に跳ばれた。

 

こんなことを考えてしまうのであれば、人間をやめて集中できるところに集中しようと言うことだ。

瞑想もまさに同じことが問われていた。


最後に

2回に渡って瞑想について書きました。

 

瞑想と単語だけ聞くと拒絶する人も中にはいるかもしれないけど、何事も経験してみないと語ることはできない。

それは前にも書いたけどあーだこーだ言うけど当事者以外は知るよしもない話も一緒。

 

今回いい経験ができたし、思考の方法としてある種間違っていなかったと確認することもできた。

 

そういった意味では無情とはある種、王道のような感じ。

結局人間を辞めたヤツが強い。

 

もちろん感情がパワーを出す場合もあるよ。

そのためにクリリンはフリーザに殺されたわけだし。

  出典:鳥山明「ドラゴンボール」より

 

ただ競技中にそこまでの感情パワーを出せるかと言ったら持続しないよな。

だったら集中力を持続させる術を伸ばす方が理にかなっていると僕は考える。

 

何回もクリリンを殺すわけにもいかないし、さすがの悟空も何回も怒りでパワーアップしてない。

 

しかし永田さん瞑想向いてなさそうだよなぁとか失礼な選手だよなっ笑

もう雑念というかイジリに近いしな笑

 

ではまた次回っ
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