#51 「あんたっ勉強しなさいよ!」と言われた意味が僕にもわかるようになりました

こんにちは。永田です!

 

みんな。勉強しろよな。

勉強しろよなだと「うるせえ」ってなるな。

 

もっと噛み砕くなら、自分が頑張りたいと思っている分野については学ぼうってことが言いたい。

 

僕も勉強は苦手だった。

けど、どの分野にも学問ってのは存在していて無視できないと思う。

 

僕が頑張ってきた陸上競技だって様々な学問の上に成り立っている。

 

運動生理学

栄養学

力学

物理学

機能解剖学

心理学

 

簡単に出してもこれだけ存在します。

もっと探せばかなりの学問の上に成り立っているだろう。

 

これらの学問を結びつければ理論的な道筋が建てられて成功に近づくとも思います。

てことで眠くならない勉強の話をします。

これは僕の経験談になるが紹介していきたいと思います。

 

スポンサーリンク





動きを理解する

僕が取り組んでいる棒高跳には様々な要素が複合的に作用しどれだけ高く跳べるのかを競う競技です。

 

大学で機能解剖学や運動生理学などを専攻してきたが、それらは運動という広い分野を取り扱うイメージだったため、棒高跳にどうこう結びつけるのは僕の頭では考えられませんでした。

せいぜいウェイトトレーニングではここの筋肉が作用する。とかくらい。

 

それよりも競技で閃くことが多かったのは圧倒的に「力学」と「物理学」だった。

ちなみに僕は力学の単位を落としている。

割り算の筆算が解けなかった。…阿呆だ。

 

まず学ばなくてはと思った動機はトレーナーになったから。

ウェイトの技術を教える上でなぜこうなのかと明確に説明ができないと信用されない。

 

なぜその筋肉を鍛えて何に結びつくのかを説明する。

でないと何のためにやってるの? で詰む。

初手で参りました。だ。

 

ウェイトはなぜ行うのか。

正しく関節を動かすということで怪我の予防をする。(機能解剖学)

またそれに付随している筋肉を使うと体はどのようにエネルギーが生まれ動くのか理解する。(物理学)

 

つまり機能解剖学×物理学

 

この2つを抑えないとおかしなフォームで運動を繰り返し思ってもいないボディラインになったり怪我をしたりする。

更にアスリートはパフォーマンスが落ちたりする。

なんだよウェイトってダメじゃん。となる。

ダメなのはウェイトじゃない。

 

更に機能解剖学と物理学を理解した上で人のトレーニング動作や跳躍動作を見ていくと力の方向が見えるようになってきた。

つまり技術的に何をしているのかが分かる。

 

力の向きやパワーポジションを理論的に説明すると眠くなるので、それらのイメージとコツを伝えると動作が変わることに気がついた。

つまり、同じ人が筋力も筋肉量も増えていない中でできる動作が増える

ハマってる感がある。と僕は表現してる。

 

物理学は運動においてテクニカルなコツに近いことが僕の中で分かった。

 

例えばスクワットなんかは下半身で踏ん張ろうとする。

間違いではないのだが体の連動性を考えると股関節が屈曲しているため重心位置から股関節は一番遠直状態にある。

 

ということは、どのように体を動かせばいち早く立位に戻れるかを考える。

それは臀部や内転筋群などの股関節伸展筋群だけの仕事ではないということ。

 

それが目で見えることもそうだし、体で感じ体現できるということがテクニックのコツに繋がってくる。

つまり動作を頭で理解し正確な動作信号を筋肉に送れる。

ウェイトは運動神経を鍛えるのにも僕は適していると思う。


競技と勉強は遠いところにあるのか

アスリートは勉強ができなくても許される風潮がある。

ただ勉強は確実に競技力を上げてくれる

 

どの仕事も分野もそうだと思うけど、勉強しないといつか肩に手をおかれ「お疲れっ」って振るいにかけられると思う。

 

トレーナーだって日々勉強しなくては振るいにかけられる。

コーチも同じだ。

僕はいつ肩に手を置かれるかビクビクしながら過ごしている。

 

話を戻すと、勉強ができなければ物事の理解の深層にはいけない。

知識がないということは切れるカードが少ないということ。

 

トランプの大富豪で手元に6と8とQしかないような状態。

これじゃ勝ちづらい。

 

知識を増やすからカードが増え手段が増える

 

喧嘩だって知識がなくなった方が暴言か沈黙という悪あがき手段に出る。

だからと言ってマウントを取るのは良くない。

 

そして知識がないとジャンクな情報をジャンクだと理解ができない。

余計なことにお金をかけたり、時間をかけたり無駄なことが増える

つまり身を守れない。

 

僕も勉強は苦手だった。

苦手だっただけで逃げてはいない。

逃げていないうえで単位を落としたりしていた。

当時はインテリジェンスが足りていなかった。

 

今となって学問についてしっかり向き合うようになり選択肢が増え、手段が増えている実感がある。

 

ということは勉強と競技はかけ離れた存在ではない

やりたくないのは分かる。僕もそうだったように。

でも人がやらない事をすれば勝ちやすくなるのも事実。

つまりチャンスということ。

変人と勇者 勇者になる前に変人になろうって話。


最後に

学生時代は物理学や計算はなんの役に立つんだと思っていたものが多かったが、今周りを見渡すとスポーツなんて全て物理学だ。

全く、最初から教えてくれよ。と思うが、どうせ当時の永田にそんなこと言っても跳べれば何でも良いんだよ! とか調子こいていたと思う。

 

大事なことだから伝えたい。

学問を理解すれば競技に対する視野が広がる。

そして理解しているからこそ、何をすれば跳べるかも理解している。

 

「何をすれば跳べるかも理解している。」ここがマジでポイント。

 

ただ勘違いしないでほしいのは絶対に成功する。とは違う。

失敗の確率が減るんだよ。

 

さっきの大富豪のように、6、8、Qだと負ける確率は高いよね。

でもここに2と10があったら? もしくは6がKとかだったら? 手段が増えて負ける確率は減るよね。

 

絶対に勝てるってことじゃない。負ける確率を減らすってことにおいて学問は大事。

 

だからもう一回言わせてください。

みんな勉強しろよな。

 

ではまた次回っ。

 

更新情報はTwitterです。

 

スポンサーリンク




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA