#60 指導者問題で悩むアスリート:コーチと選手は「ただ王道あるのみ」

こんにちは。永田です!

 

自身もアスリートだった為ありがたいことに今も多くのアスリートと交友させていただいて、色んな話を聞かせてもらったりしていますが、その中でもコーチや指導者に悩みを抱えているアスリートが一定数います。

 

ほんの少しですが紹介したいと思います。

 

言っていることが日によって違う。

蔑んでくる。

指導が個個人の課題に合っていない。

指導がはっきりしていない。

 

もっと多くの視野で見ればパワハラやセクハラが報道されていることもあります。

ほとんどの指導者がそうではないはずですが、一部の指導者がピックアップされているだけだと思います。

僕も日々考え意識的に選手と向き合わなくてはならないと思っています。

 

同じコーチという立場でコーチ問題を書くのは少し気が引けますが、今後コーチや指導者になろうと考えている人も考えなくてはいけない問題だと思うので書きたいと思います。
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ただ王道あるのみ

指導者に対する悩みは大きな枠組みで捉えるならば人間関係の悩みです。

 

以前にも「常識」の心得という記事を書きましたが今回も渋沢栄一先生の著書に

 

「王道は人間行為の定規であるという考えをもって世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝ったことと思う。」 出典:渋沢栄一「論語と算盤」

 

簡単にいうと、

王道とはまず指導者もアスリートも人間として立派であれ。

そうすれば組織としての決まり事や規則を守ることよりも遥かに良い結果にたどり着くだろう。

ということです。

 

そうなると指導者とのコミュニケーションが円滑かとか共通理解がどうとかのレベルではなくなります。

人として信用できるのかが根本になくてはならないのではないかと思います。

 

指導実績があっても1人の人間として立派でなければ多くの人に慕われません。

競技力が高くても1人の人間として立派でなければ長く応援してもらえる選手になれません。

 

つまりコーチと選手の間に上下関係はなく個々人の人間として対等に意見を交換して目的に向かうことが王道と先生は言っています。

 

日本社会は年功序列制度が根強く残っています。

年上だから偉いとか、経験年数が長いから凄いなんてことはないでしょう。

 

ただ年功序列という言葉がある以上、人を心のどこかで蔑んだり、固定概念で決めつけてしまうという感情が働いてしまっているのかもしれません。

 

そこに権力なんてありません。

あるように思ってしまうからこのような問題が後を絶たないのではないでしょうか。

 

自分の思う通りにならない。

自分より優れた人が目について嫌だ。

 

などの情愛から駆け離れた感情がハラスメントなどに繋がり選手との関係が崩壊し競技結果に結びつかなくなるという具合でしょうか。


自身の行動や言動を人として考える

人間が他の生物と違うところは言葉を話せるということ。

では人間らしい言葉とはどういうことなのか。

 

学生時にその日限りだったが練習を見てもらう機会があり跳躍をしていた話。

 

跳ぶたび跳ぶたびに「何やってんだよ」とか「どんな意識でやってんだよ」「違うよ!」などと「指導」という化けの皮を被った「文句」を言われ続けたことがあった。

 

今思い返せば僕の特徴などは無視された型の羽目付け。

俺がこうしていたからこうしろ。というよくあるパターン。

 

とにかくその日は跳ぶのが嫌になったし終わった後も出来ない理由をつらつらと文句を言われた。

そりゃできねーよ笑 仮面ライダーに「スペシウム光線」打てって言ってるようなもんだ。

 

 出典:円谷プロダクション「ウルトラマン」より

 

その後「何で打てねーんだ!」と余計に怒られても知らん。

 

これって今思えばお互いのためを思って練習をやめるべきだ。

 

そんな経験もあり僕は言葉の選び方を普段からかなり意識をしている。

 

実例を挙げると。

選手の跳躍動作があまりに乱雑だった時に、咄嗟に「今のは雑!」とは言わず、「今のは繊細さに欠けるね」と伝えたことがあった。

 

選手が言葉を汲み取りニヤけながら「それって雑ってことですね笑」と言ったのを覚えている。

そうかもしれないけど、そうとは言っていない笑

 

でも一人の人に対してどんなに信頼感があったとしても伝えたいことを伝わり切らせるには言葉を選ばなくてはならないと思っている。

受け取ってもらうことが目的だ。

 

同じ内容でも選手がムッとする言葉を言っても前には進まない。

 

それを頭から「雑! 雑すぎ! 集中しろ。」なんて言われたら「…まじなんなの。うるさっ」って僕ならなる。

人間性が低い笑

 

 出典:井上雄彦「スラムダンク」より

 

そりゃ手がでちゃう選手もいるかもしれない笑

つまりコーチや指導者の前に人間として立派でいれるかがコーチ、選手にとって大事なことであり目的地にたどり着くために必要な要素である。

 

大事なのは規則や年齢ではない。

「人格」だ。


最後に

指導者問題は現代において多く存在しており、時に報道されたりしている。

 

これから指導者になるんだ。という方は「人」という行動や言動について向き合ってほしい。

決して選手よりも上の立場だなんて思ってはいけない。

 

もちろん選手にも同じことは言える。

自分が上なんてことはない。

 

ただ、渋沢先生はこんな言葉も残している。

 

全体道徳は日常にあるべきこと。 出典:渋沢栄一「論語と算盤」

人としての道徳は朝から晩まで終始ついていて、明日から道徳的に過ごそうとか、これから道徳の時間ですとかそーゆーのじゃないから。

 

と言っています。

ということは人として立派であることは習慣が大事ってことだね。

無意識下に落とし込まないとダメよってこと。

無意識下にないそれは「ただのいい人」を演じているだけなんだよね。

 

先生はそんな「ただのいい人」のような上辺の話をしているのではなくて、人としての根本のお話をしているのだと思います。

 

つまり指導者である以上。

アスリートである以上。

という前に「人間」に生まれた以上、人格を磨くことが王道であるということだ。

 

会社においても上司、部下、社長とかそーゆーのじゃない。

人としてだ。

 

それこそが規則や法文より大事なことよ。と先生は言っているのです。

 

渋沢先生の常識についても書いているので是非読んでほしい。

常識は人に振りかざすものじゃないよって話

 

というわけで僕も明日から道徳的に過ごしてみるかぁ。

 

ではまた次回っ

更新情報はTwitterです。

 

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